考えるプロセスを楽しむということ
「とりあえずAIに聞いてみよう」
行き詰まったとき、頭の中で真っ先にその選択肢が浮かぶようになりました。答えはすぐに返ってきます。ただ、答えを最短で手に入れようとするあまり、何かを置き去りにしているような感覚があります。
「動くためのAI」は、最短距離を走ってくれる
長くマネジメントに携わってきて、以前なら「○○さん、これお願いできますか」とスタッフに頼んでいた仕事の多くが、いまはAIへの依頼に置き換わりつつあります。
独立してからは、少人数、あるいは一人で複数のプロジェクトを皿回しのように進める場面が増えました。実行型の業務において、AIの恩恵を存分に受けているというのが事実です。
発想の仕事に、最短距離はない
一方で、発想や創造が求められる仕事になると、景色は一変します。
「AIに聞けばいい」という合言葉が、どこかで見たような施策、既視感のあるアイデアを助長しているように感じます。答えを早く得ることが目的になり、考える過程そのものが省かれている。誰も答えを持っていない領域に挑むイノベーションに、最短ルートは存在しません。
秘伝のタレは、時間がつくる
AIが示してくれるのは、いわば世にあふれたレシピです。レシピを使えば、みんなが楽しめる美味しい料理はつくれるはずです。それだけで、レシピの意義は十分に果たされています。
ただ、レシピにはない味があります。母親の味、あるいは秘伝のタレとでも言うのでしょうか。そうした味は、アイデアや発想が時の経過を経て熟成され、出来上がるもの。プロセスそのものがなせる技です。効率の議論では語れない何かが、確かに存在するのだと思います。
考えるプロセスを、AIと共有する
大切なのは、AIを「答えをくれる相手」ではなく、「考えるプロセスを一緒に歩む相手」として扱うことです。「教えて」ではなく、「こんな可能性がありそうだ、どう思う?」と投げかける。Teach meではなく、What do you think? と仮説をぶつけ、考え直す。その往復の中でしか熟成されないものがあると思うのです。
回り道の中にしかないもの
旅先で回り道をしているときに、ガイドブックにも載っていない喫茶店やレストランを見つけ、ふと入ってみる。そのときの、何か特別な、得をしたような感覚。似たような経験をお持ちの方は少なくないはずです。
AIという武器のおかげで、仕事は爆速で進められるようになりました。その分、時間のロスはますます分が悪いものになった気もします。
それでも、回り道も含めて考えたり、議論したり、生み出すプロセスを楽しめること。それもまた働くことの楽しみだと、私は思いたいのです。