展示会は、売る場所ではなかった
展示会に出展したことがある方なら、会期を終えたあとの、あの独特の疲労感をご存じかもしれません。
先日、ZIKUUとして幕張メッセで開催されたIT・スタートアップ系の展示会に3日間出展しました。
会場を埋め尽くしていた、AIという言葉
AI、AI、AI。ここまでAIに埋め尽くされた場所を、私は経験したことがありません。
過去に経営メンバーとして率いた会社でも、展示会には何十回と出展してきました。当時は各社が業界やステージ、特色を活かし、際立つサービスを打ち出していた印象があります。ブースを歩けば、その会社が何者なのかが自然と伝わってきました。
ところが今回は、どの会社もほぼ同じようなサービスを掲げていました。看板の言葉を入れ替えても、気づかないかもしれない。来場者はその違いをどう見分けるのだろうと、こちらが疑問に思うほどです。
そして例に漏れず、私たちもAIエージェントを軸にブースとチラシを用意していました。3日間の会期のうち、初日にして目論見の甘さを痛感しました。周囲のブースの熱量に圧倒され、共同代表の橋本とともに、会期中ずっと場の空気に飲み込まれていました。
誰でも、何でもつくれる時代に
Claude CodeのようなAI開発ツールの登場で、開発の知識がなくても、コードを書かなくても、やりたいことをサービスやプロダクトとして形にできる時代になりました。
大手銀行、人材会社、広告代理店。各業界の巨人たちが垣根を越え、AIを活用した「よろず御用聞き」の領域に参入しています。資本も信用も桁違いのプレイヤーが、私たちと同じ入口に並んでいるのです。
誰でも何でもつくれるなら、相談する側は当然、安いところや安心できる先を選びます。ブランドも安心感もまだない私たちは、価格で勝負するしかなくなる。けれど、かつての牛丼業界のように低価格で殴り合う場所に立っても、長く続かないことは目に見えています。体力のある会社だけが残り、小さな会社から先に消えていく。それがこの種の競争の結末です。
同じ土俵ではなく、まったく異なる戦い方が要る。それを嫌というほど突きつけられた3日間でした。
何を、誰に届けるのか
何でもつくれるからこそ、問われるのは「何を届けるか」です。
つくる手段が誰にでも開かれた今、つくれること自体は価値になりません。価値が生まれるのは、その手前です。相手が本当は何を欲しているのか。言葉になる前の困りごとや願いを引き出し、形にすべきものを一緒に見定めること。これが、これからの価値の中心になるのだと思います。
そしてもうひとつ大切にしたいのが、「誰に届けるか」という視点です。
AIによる変革を求めているのは、都心の展示会に足を運べる企業だけではありません。むしろ、展示会に来たくても来られない地域で事業を営む企業こそ、AIを活用した改革や改善を切実に求めているはずです。
情報は、人と企業が集まる場所に集まります。その結果、地域や規模によって、手にできる情報にも選択肢にも大きな差が生まれている。この情報の非対称性にこそ、メスを入れていきたいと考えています。
巨人たちが見向きもしないような規模や場所にこそ、私たちのような会社が必要とされているのではないか。今は、そう感じています。
持ち帰ったのは、名刺ではなかった
今回の一番の収穫は、自分たちを完膚なきまでにメタ認知できたことです。周りと同じ言葉を掲げていたのは、ほかでもない私たち自身でした。AIという言葉に頼り、自分たちが何者なのかを語れていなかったのです。
人のまばらなブースで、次にどう変わっていくかを橋本と議論し続けた3日間。それは本来の目的だったリード獲得よりも、長い目で見れば何倍も価値のある時間でした。
展示会は、売る場所ではなかった。少なくとも今回の私たちにとっては、自分たちを知る場所でした。
私たちはチャレンジャー。小さいからこそ、失うものはない。自分たちの現在地を知った今なら、何にだってなれるし、どこへでも舵を切れる。
次はどこを目指すのか。航海は、始まったばかりです。